『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』三宅香帆

「趣味は読書です。でも最近、仕事が忙しくて読めていない…」そんな思いを抱える多くの人を惹きつけ共感を呼びそうなタイトル。

筆者は、企業に就職した後、大好きだった読書ができなくなったと振り返る。作中では映画『花束みたいな恋をした』の登場人物になぞらえ、忙しい日々の中で読書よりもスマホでSNSやゲームに時間を費やしてしまう現象を指摘する。そして、「なぜ読書から離れてしまうのか?」という問いから本書は始まる。

明治以降の近現代史を振り返りながら、労働者階級における「読書」という行為の位置づけを紐解いていく。大正、昭和、平成、令和と社会状況を通して労働と読書を論じる。特に、現代のインターネットを介して膨大な情報が氾濫する情報化社会から冒頭の問いに。本書では、Webから得られる知識と比較し、読書から得られる知識には「ノイズ」が含まれると評している。しかし、その「ノイズ」こそが読書の魅力であり、一方で、現代の働き方にはその余白がなさすぎると指摘する。

また、上野千鶴子の『半身』を引用し、「読書を楽しめる程度の余裕を持てる働き方が理想ではないか」との考えを提示する。読書好きな筆者による、読書への愛情が詰まったラブレターのような一冊だ。ただ、文芸評論家が読書を奨励する様子は、まるでプロ野球選手が「もっと野球やろうよ!」と呼びかけるような、ある種の眩しさも感じさせる。さらに、多くの文学・評論作品を引用しながら筆者の読書愛が存分に語られるが、文芸評論家=読書を仕事にすることは、仕事と私生活の境界を曖昧にするのではないか――そんな視点も浮かんでくる。